常総生協って

沿革

1975年
取手市井野団地自治会での「朝市」から「取手生協」設立
1976年
守谷町(現守谷市)に移転、「常総生協」に名称変更してエリア拡大。
合成洗剤追放、地域での石けん普及運動
1977年
首都圏生活協同組合事業連絡会議結成に参加
1987年
事業連合・北関東協同センターに加入。生協事業連帯。
1995年
茨城県内生協連帯解消(いばらきコープ・日立市民生協・常総生協)
1996年
遺伝子組み換え作物輸入許可取り消しを求める緊急署名と政府申し入れ
北関東協同センター脱退 単独事業開始
独立宣言
生協ネットワーク21へ参加
1999年
東海村JCO臨界事故 「JCO臨界事故に対する理事会声明」
首都圏生協事業連合(現パルシステム)脱退
2000年
地域自給宣言
2001年
菜の花プロジェクト
手作り味噌用大豆契約栽培をJAやさとと開始
自然を感じよう!「センス・オブ・ワンダー」連続上映会
利根川左岸環境保全実行委員会(守谷市)結成に参加
2002年
『健康で経済的くらし』の両立はお母さんの「手作り」から
常総生協『食生活指針』 「主食6割、おかずを減らそう!」
バブル期の過去債務を整理計上 「経営基盤再生10年計画」確認
「常総生協のめざすもの」中長期計画
2003年
『食品安全基本法』への討議
モンサント社らによる遺伝子組み替え大豆、日本の一般ほ場への作付け事件(谷和原村)
遺伝子組み換え大豆開花。交雑懸念から市民・農業者・生協役職員の手で鋤込み
谷和原村・遺伝子組み換え大豆への対応の経過と常総生協の考え発表
茨城県議会に「遺伝子組み換え作物栽培規制を求める請願書」提出、採択。茨城県、政府に意見書提出。
2004年
「全国菜の花サミットinいばらき」を主催
鹿島港輸入ルート周辺での遺伝子組み換えナタネ自生問題で農水省・環境省に質問書・意見書提出
谷和原村青大豆の地産地消提携調印(谷和原村+常総生協+おかべや)青大豆とうふづくり
「ものづくり、人づくり、地域づくり」 ニュース・レター毎週の発行へ
2005年
農業生物資源研究所での花粉症緩和米実験反対運動
大豆の不作を受けて「大豆基金」設立 大豆備蓄開始
2006年
店舗事業の整理、縮小
2008年
「茨城県有機農業推進フォーラム」結成
「茨城県有機農業推進計画」策定に参画 腐植がつなぐ森里海の流域自給
涸沼漁協、久慈浜丸子漁協との提携強化
地域の幼稚園への出張食育講座(幼稚園での味噌づくりがはじまる)
2009年
活動エリアに千葉県東葛地区が加わる
3年連続の大豆豊作により備蓄大豆の加工品化開始(納豆麹漬、オリジナル醤油)
地元つくばでの有機小麦の委託生産とパン製造の提携開始
「食といのちの連続講座」スタート
2010年
日本有機農業研究会に団体加入し、連携強化
ネオニコチノイド農薬問題研究集会(つくば)
市民公開研究会「有機農業運動に息づく協同組合思想-一楽思想と賀川豊彦」賀川豊彦記念松沢資料館
TPP反対キャンペーン展開
2011年
東日本大震災・東電福島第一原発事故
緊急食糧支援、復興支援
放射能汚染-今こそ日本型食生活(発酵食品・繊維)と有機農業の威力が発揮されるとき
6月総代会にて「脱原発」特別決議
放射能検査体制整備
「脱原発くらし見直し委員会」発足
東海第2原発廃炉署名運動、再稼働中止の訴訟提起を決議
農水省消費者の部屋にて日本有機農業研究会と共同で腐植に富む有機土壌のセシウム固着について発表
「放射能に負けない身体作り-基本は腸管免疫」発表
平和・協同ジャーナリスト基金奨励賞受賞
JAいばらき中央会と共同でTPP反対国会前座り込み
2012年
地場有機春野菜(茨城・千葉・栃木)放射能安全宣言
福島相馬はらがま 水産加工場復興 共同支援商品(松前漬)発売
東海第2原発運転差止訴訟原告団結成

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